2018年4月15日日曜日

vol.1607 「杣」についての(ちょっとした)考察

 ブログ「東海・旅の足跡」をお読みいただき、ありがとうございます。

 昨日の午後、いつもお世話になっている「円空仏彫刻・木端の会」のMさまと会話していた際、「杣」という言葉について話題となったことから、少しばかりの雑文を綴りたい。

 Wikipediaで「杣」の項目を読むと、以下のように書かれていたので、引用すると、

 杣(そま)とは、
 古代・中世の日本で国家・権門が所有した山林のこと。
 上記の杣から伐り出された木のこと。
 上記の杣において働いている人のこと。近世・近代の日本では転じて林業従事者一般の意味で用いられるようになった。杣工
 比叡山の山林の中に建立された延暦寺の僧侶が、寺のある比叡山を上記の杣になぞらえて自称した呼称。

 とある。
 次に『広辞苑』を引いて、それを以下に記すと、

 「杣」
 1、樹木を植えつけて材木をとる山。そまやま。万一一「宮木ひくいづみの に立つ民の」
 2、杣山から伐り採った材木。そまぎ
 3、杣木を伐り採ることを生業とする人。きこり。そまびと。→わがたつそま

 とあり、続けて、「わがたつそま」を引くと、

 「我が立つ杣」
 1、自分の住む山。自分の住む寺。
 2、(伝教大師の「阿耨多羅三藐三菩提の仏たち我が立つ杣に冥加あらせたまへ」の歌によっていう)比叡山を指していう語。

 とある。ちなみに『般若心経』にも出てくる「阿耨多羅三藐三菩提」とは、最高の悟りを意味しています。
 他にも、ユニークな解釈の『新明解国語辞典』で、「杣」を引いて調べてみたいが、残念ながら、今は手元にない。
 さらに僕がひそかに愛用している某辞書で、「杣」を引くと、以下のように記されていたので、引用すると、

 1、「杣山」の略。植木して、木を切り出す山。「宮材引く泉の に立つ民のいこふ時なく恋ひ渡るかも」(万葉・一一・二六四五)
 2、「杣木」の略。杣山から切り出した材木。
 3、「杣人」の略。「材木を吉野の に三百余物(本)作らしめて」(今昔・一二・二〇)
 4、「比叡山」の異略。(参考)比叡山延暦寺の根本中堂を建立したとき、伝教大師が詠んだ「阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわが立つ杣に冥加あらせ給へ」(新古今・釈教)による。

 つい長々と引用してしまったが、僕にとって、「杣」とは第一に「比叡山」を象徴する(イメージする)言葉なのである。黒谷、無動寺谷、横川、根本中堂。
 『小倉百人一首』にて、慈円(1155~1225)の詠んだ、人に広く知られる「おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖」を引き合いに出す必要もないだろう。
 文末になってしまいましたが、きっかけを与えて下さった知的好奇心旺盛な「円空仏彫刻・木端の会」のMさまに感謝の言葉を記しておきたい。ありがとうございました。

 以下は余談。
 昨日は久しぶりに喫茶「すみれ」へ足を運んで、「円空仏彫刻・木端の会」の I さまと昼食をご一緒して、下の写真にあるようにスパゲティを食べました。
 

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